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明日もあるからゆっくり歩く ~ Born to Walk
野球のアホなところ
野球について昔からいろいろと「おかしいなぁ」と思ってる事がある。
この事について誰も指摘しない。
まああまりにもバカバカしすぎるから誰も考えもしないのかもしれないが。

まず1つ目は、
「4番打者=強打者、と信じ込んでいる事」
である。
これがさっぱり分からない。
いや、ぼくも中学の時は野球部にいたし、その頃は無条件にそう思っていた。
それが正しい事なんだと思っていた。
「長打力のあるホームランバッターが4番打者になるのだ」
と思っていた。
でも就職して、職場の草野球チームに入って野球をやったりしている時から、
「なーんか変やぞ」
という考えが芽生え始めた。

ホームランを打てる強打者なら、
「1番」
を打てばええのではないか。
ホームランバッターこそ打順がたくさんまわってきた方がええのではないか。
巨人の王選手は4番を打っていたが、

1番 王貞治

のほうが良かったのではないか。
そうしたら、もっとホームラン数は増えていたと思う。

そんな事を同じ草野球のチームの人に言うたら、

「違うんや。
 1番バッターはまず塁に出る事が必要なんや。
 そして2番バッターが塁を進めて、3番4番でホームへ返す。
 野球はそういうチームプレーが大事なんや。」

等という。
大抵の人がこういう答えである。
いまだに。
何の疑問も無いようだ。

完全なアホである。

そういう理想的な展開になるのって、
「1回」
だけやん。
絶対に1番バッターが先頭打者になるのは、初回の攻撃だけである。
次の回からは分からない。
たまたま1番バッターが先頭打者になる場合もあるけど、そないにうまいこといかない事の方が多い。
初回に三者凡退やったら、次の回の先頭打者は、4番なのである。
それなら打順に何の意味も無いやん。
「1番が塁に出て、2番が塁を進めて・・・」とかゴチャゴチャ考える必要性はどこにもないやん。

よく打つ人から、
1番、2番、3番、・・・・・・・・
と決めればいいだけである。
そうした方がいいと思うけどなぁ。

百歩譲って、
・1番は塁に出やすい人
とか言うのなら、
・2番も塁に出やすい人
でええのではないか。
・3番も塁に出やすい人
なら、どんどん塁は埋まってバンバン点は入る筈である。
いや、いっそ、
1番はホームランバッター、2番もホームランバッター、3番もホームランバッター、・・・
プロ野球なんやから、全員がホームランバッターでもええ訳だ。

「そんな馬鹿な」
とか言うかもしれない。
でもこんな姑息な事ばかり考えてるのは日本の野球だけかもしれない。
だいぶ前のオリンピックでキューバの野球を見た時に、ぼくはぶっとんだ。

確かキューバが負けてる展開やったと思う。
キューバにヒットが連続して出て、1塁2塁になったんやったと思う。
日本人の解説者が、
「ここは送りバントですね。送っておいて2塁3塁に。」
とか言うた矢先、カキーン!とホームランを打ってしまった。
3ランホームランで逆転になった。
キューバ側には送りバントの頭は全く無かったのである。
解説者は苦笑いしながら、
「いや~、驚きました。
 でも結果的に点は入りましたが、こんな野球してたらあきませんね~。」
と批判していた。
それからも解説者が、「ここは送りバント」と言うたシーンで強打して点が入るという場面がバンバン出た。
解説者の言う事をあざ笑うかのように、バンバン打つのである。
「大味な野球しますね~」
とか言うてた。
でもそうかなぁ。
バントとかを多用しながらセコセコと攻撃するのって、本当におもしろい事なのか。
ぼくは悪いけど、
「ああ、キューバの野球の方が見ていておもろいなぁ。」
と思った。
送りバント、っていうのはある場面では必要ではある。
でもわざわざアウトを1つ相手に与えるのは、あまりすべきではないと思う。
というか、ある意味、卑怯な行為なのではないか。
スポーツってルール違反やなかったら何をやってもいい、って事ではない。
ある意味、
「騎士道」「武士道」
みたいなもんが基本になってるような気がする。
サッカーでも相手チームに負傷者がいる時に、
「今や!行け~~!」
と攻撃はしない。
一度、外へボールを蹴り出してプレーを中断させたりする。
こういうのはルールではない。
別に「今がチャンスや」と攻撃したって良いわけだ。
日本野球の「送りバント」って、一種の「今や行け~!」に通じるなりふり構わない勝ちにこだわる嫌らしさを感じる。

あ、4番打者論が送りバント論になってしまった。

まあ他にも言いたい事はいろいろあるが、疲れたのでまた。












松岡直也
「今日は何の日」とかいうサイトをたまたま見たら、今日は松岡直也の誕生日だった。
最近音楽についての話題が無かったのと、松岡直也については言いたい事があるので、少し。

この人ほど、誤解されてる人はいないだろうと思う。
どう誤解されているかは、ぼくの体験した事を書けば分かって貰えるかと思う。
もう15年、いや20年ぐらい前かなぁ。
梅田の居酒屋で職場の忘年会があった。
その忘年会が始まるまで少し時間があったので、居酒屋近くのCD屋に行った。
松岡直也のモントルーでのライブ盤がCD化されたところやったのだ。
買って居酒屋へ戻ると、ちょうど忘年会が始める頃だった。
ぼくがCDの袋持ってるのを見て、
「何のCD買ってん?」
と聞かれたので、
「松岡直也」
と答えたら、
「何で今さら松岡直也なんか買うねん!」
と誰かが言って、皆がどっと笑った。
ぼくも「えへへ」と迎合するように笑ったけど、実は物凄く悔しかった。
『あ~!松岡直也ってこんな感じに思われてるんか~!
 違うねん!このライブ盤聞いてみ!
 お前らが思ってるようなミュージシャンとはちゃうねん!』
と本当は言いたかった。

松岡直也はバブルの時期に売れた。
このために変な印象を植え付けられた人が多いように思う。
わたせせいぞうのイラストのバックミュージック、海沿いの道をドライブする時のライトミュージックみたいな感じで。
まあそれらの音楽もぼくは好きだ。
全然悪くない。
ただ、あの頃の「軽さこそ一番!」みたいなノリに合ってる音楽というように世間で捉えられてしまった。
また中森明菜にも「ミアモーレ」を提供してヒットしたりした。
このような事で普段ジャズとか聞かない人も一応、松岡直也という名前だけは認知された。

だから改めて松岡直也の音楽をあまり聞こうとしない。
「あ~聞いた聞いた。昔よう聞いたしもうええわ~。」
と言う人が多い。

YOUTUBEにあった。
これを聞いて欲しい。
ぼくがその忘年会の時に買ったモントルーのライブ盤だ。
まだ松岡直也がブレイクする前の録音だ。
日本でラテンジャズなんてあまり誰もやってない頃だ。
モントルーのジャズフェスに出演した時のもの。
資料によると飛行機の乗り継ぎが悪くリハーサルもそこそこにいきなりステージで演奏したとかいう話。
だから途中ギターのアンプが飛んだりする。
ボロボロの環境の中、最高の演奏が録音されている。
やっぱり音楽って機材なんてどうでもいいように思う。
パッションという目に見えないものも一緒に録音されるように思う。
「日本から来てラテンジャズ?誰やこいつら?」
という感じで聴いてたモントルーの聴衆が最初の2曲で思わず虜になっていく様子がよく分かる。
それぐらい熱の籠もった演奏だ。
最初に演奏されるこの、
THEME~DESAFIO
を聞けばそれが分かる。
忘年会で笑った人も、この松岡直也の火の出るようなソロを聴いて少しは反省して欲しい。














フグの旨さ
GWなのでどっか行きたいけど、生来の計画性の無さからGW直前まで何も決めずにいた。
温泉にでも行こうかな、と思ったが、GWは激混みしてるやろうし、露天風呂入ってたらどっかのガキがダイビングジャンプして飛び込んできて、あまりにも鬱陶しいので、
「チっ!」
と舌打ちしたら、後ろからごっつい角刈りのおっさんが現れて、
「誰や、今舌打ちしたん!」
と睨むので、あまり温もってないのに、そのまま逃げるように風呂から上がって、結局風邪をひく。
ガキが休みの混んでる時にわざわざ温泉行ったりすると結局風邪ひくのがオチなので、
「今回のGWは家でボーっとしとこう」
と思ってたけど「じゃらん」で何気なく検索してたら夕日ヶ浦温泉で客室に露天風呂が付いてるところが1部屋空いてた。
列車もJRの「5489」へ電話するとすんなり指定席が取れたので、昨日から夕日ヶ浦へ行ってきた。
まあ夕日ヶ浦といっても最寄り駅は「木津温泉駅」なんやけど。
これは「きづ」とは読まないようだ。
濁点なくて「きつおんせん」というのが正確な発音らしい。
まあこの木津温泉駅に降り立つのは何回目かなぁ。
数え切れない。

DSC02293.jpg

GWに空いてるぐらいなのであまり期待してなかったが、とてもいい旅館だった。
今まで露天風呂付客室は、奥飛騨、湯布院、等でいろいろと泊まっているが、ここはそれらの有名温泉に負けず劣らず良いところだった。

夕食は「フグのフルコース」。
これも全然期待してなかったが、めちゃくちゃ旨かった。
フグ、って今までそないに旨いもんとは思ってなかったが、180度見方が変った。
フグは旨い!
それにフグって冬のイメージやったが、仲居さんによるとフグは春先のほうが旨いらしい。
特に春先は産卵シーズンで「白子がパンパンに膨れてる」らしい。
お腹を押すと白子が「ピュー」と出てくるぐらいらしい。
今回はそのパンパンになった白子をたらふく食べられた。
映画「おくりびと」で見てから一度食べてみたかった「焼き白子」も初めて食した。
テッサ、唐揚げ、テッチリ、焼きフグ、ヒレ酒、白子の茶碗蒸し、フグ雑炊、
いや~旨かった。
特にテッチリが旨かったのには感動した。
ぼくはテッチリって今までそないに旨いとは思ってなかった。
何故旨いと思ってなかったのか、その理由が分かった。
「今まで安いフグしか食ってなかったから」
である。
安いフグしか食った事なかったので、テッチリってなんかパサパサでそないに旨いもんやとは思ってなかったのだ。
今回のように新鮮なトラフグ食って初めて分かった。
テッチリって旨いもんやったんや。
フグの旨さをこんなにオッサンになって初めて気づいた。

たぶん世の中にはぼくがまだ気づいていない旨いもんがたくさんあるんやろうなぁ。

DSC02327.jpg


フラットな予想
いつからかぼくは馬券を買う時、
「贔屓」
を持たなくなってしまった。
いや、厳密に言うと「贔屓」は今でもある。
贔屓にしてる騎手、馬、はある。
それは好き嫌いというレベルで今でもある。
言いたいのは、
「無意味に贔屓にしてる厩舎、騎手、馬主」
は持たなくなった、という事である。

どういう事かというと、昔は、乗峯先生、太平洋さん、小林常浩さん達が贔屓にしてる
松国厩舎、橋口厩舎、角居厩舎、矢作厩舎、等々
の厩舎の馬を無条件に贔屓にしていた。

何故なら、ぼくがファンである人達が贔屓にしてる厩舎なんやから、
『無条件に応援せねば!』
と思ってしまっていたのだ。

でもある時、フト気付いた。

「あれ?ぼくはこの人達に世話になった事はない。」

という重要な事に気付いたのだ。

いや、乗峯先生達には今でもお世話になっている。
しかし、乗峯先生達が贔屓にしているこの調教師先生達には何の義理もないし、何の世話になった事もないのだ。
会った事もない。
あ、会った事はあるかな?
でもそのレベルで向こうは全く記憶には残ってないと思う。

ところが、乗峯先生達はこの厩舎の人達と懇意にされている。
高級フグや高級料亭をご馳走になったりしてるのをブログで見た事もある。
だから応援する「義理」はある訳だ。
というか、人間の感情として応援するのは当たり前だ。

乗峯先生達にしたら完全に仕事の「お客様」である。
サラリーマンでいうと完全な「お得意様」である。
そういう厩舎や騎手の馬に対して応援するのは、これは当たり前である。
全然問題はないし、応援したくなる気持ちも理解できる。
ぼくがその立場なら完全にそうする。
当たり前だ。
馬券云々以前に、仕事なんやから。

ところが、よう考えたら、このぼくは何の関係もない。
ぼくは普通のオッサンなのだ。
この調教師の先生達には、フグどころか餃子すら奢ってもらった事はない。
というか、ぼくは栗東トレセンすら行った事ないのだ。

それなのにぼくはこれらの厩舎の馬が出てきたら、無条件に軸にしたりしていた。
G1とかになると、
「頑張れ~!」
と応援したりした。

でもある時気付いたのだ。
オレってよう考えたら全く関係ないやん。
何故ぼくはこれらの人達の馬を無条件に応援していたのか?
訳が分からない。
というより、意味は無いし、別にぼくが応援しようがしまいが何の利害もない。
栗東に行く事もないし、調教師や騎手に会う事もないので、全然気にする必要性は無いのだ。
例えば、広末涼子が結婚したからといってショックを受けてるような大馬鹿ファンみたいなもんだったのである。
何の関係もないのに勝手に関係者面して悦に入っていただけなのだ。

それに気付いたのが数年前。
それ以来、あまり厩舎や騎手にはとらわれず馬券は買うようにしている。

まあだからといって「馬券が当たるようになったか」と聞かれたら少し厳しいが。
まあ相変わらずあまり当たらない。わはは。
ただ、同じ当たらなくても、
「あの厩舎やから」
「あの騎手やから」
「あの馬主やから」
とかいう縛りはなくなった事がとても楽だ。
平気でG1でも関東馬を軸にできるようになった。
競馬始めた当初のフラットな予想ができるようになった。
こういうのは競馬を楽しむ上では良かったと思う。

いや、応援して買うのを批判しているのではない。
応援して買うのはいいと思う。
ただ、ぼくには応援する意味も義理も無いのに無条件に応援してたので滑稽やったのだ。
それをやめたというだけだ。

NHKマイルC。
昔なら選択肢が無かったと思う。
オリービン、クラレント、ガンジス、レオンビスティー
ぐらいから選ぶしかなかった。
何故なら、その厩舎の馬を意味無く応援していたから。
でもその縛りはない。
というか、今までのレースでこれらの馬を軸にしたことは無い。
冷静に考えてG1では足りないんちゃうかなぁ。
ぼくは、
カレンブラックヒル
を軸に買おうと思う。
どれだけ人気になってもぼくはカレンブラックヒルから買う。
なんちゅーか、秋山騎手にG1を獲って欲しいのだ。
あ、応援馬券やんけ。
まあ馬券は基本的に応援馬券でいいと思う。
無意味な応援はやめただけなのだ。
カレンブラックヒルは本当に応援してるしこれでいいのだ。
天皇賞の反省
>オルフェーブル以外の全通り馬連ボックスを買ったぜ~
>ワイルドだろ~

って、スギちゃんギャグ書いてたら、ギャグやなくなってもうた。
今読むとなんか違和感がある。
天皇賞のレース前ならワイルドに思えたのに、今読むとなんか普通の事が書いてあるようにみえる。
例えば、今度の宝塚記念で同じ事書いたとする。
たぶんワイルドとは思えない。
「まあオルフェーブル外して買った方が当たるよなぁ。
 逸走する上に大して強くないし。」
っていう感じになる。
それぐらいあの天皇賞を境にオルフェーブルの価値がコロッと変わってしまった。
競馬ってそういうところがある。
でも気をつけないといけない。
オルフェーブルもそのお父さんも稀代のクセ馬だ。
お父さんもそうやったけど人気が地に落ちたところで激走したりするのがクセ馬なのだ。
こういう馬は人気落ちた時は買わなければいけない。

レース終わったら、いろいろ考えた。
もし本当にオルフェーブル以外の全通り馬連ボックス買ったとしたら、
17点ボックスなので全部で、
136点
となる。
100円ずつ買ったとしても5万円ぐらい儲かってたんやなぁ~。
オルフェーブル以外の3連単全通りを買っていたら、
4080点
となる。
そうすると100万円ほど儲かっていた事になる。
でもなぁ。40万円も投資する勇気は無いのでこれは非現実的。
一番現実的な解は、トーセンジョーダン1頭軸と決めてしまう事やったんやと思う。
決めつけてると、トーセンジョーダン1頭軸総流しの馬単裏表
34点
で買えるのだ。
3400円で、20万円儲かっていたのだ。
これが正しい買い方だと思う。
ぼくはアホな事にオルフェーブル、トーセンジョーダン2頭軸の総流し3連複を買ってしまった。
あーあ。

レースが終わってからぼくはこういう事をごちゃごちゃ考える。
「あ~、あー買えばよかった~」
「なんでこっちにせーへんかったんやろう~」
とかいろいろ考える。
でもこういうのは「女々しい態度」と言われる。
往生際が悪い、とも言われる。

レースが終わったらサバサバした顔で、
「終わり終わり。もう過去のレースは振り返らない!」
というのが男らしい態度だと思われてる。

でもそうかなぁ。

ぼくはいろいろと反省すべきやと思う。
というかグダグダ言うてしまう。
まあいくら反省しても、全然生かされずに次もまた同じ過ちを繰り返すんやけど。わはは。

それと「それがまた競馬の楽しみのひとつ」でもあると思う。
競馬が終わって、グダグダと今日のレースを振り返りながらビールを飲む。
これもまたおもしろいのだ。
ここで、
「もう振り返ってもしゃーないやん!来週来週!」
と打ち切るタイプの人がいる。
こうなると、もう何も言えない。
「そ、そうですね。うーんと、来週のレースは何やったかなぁ。」
となるけど、あまり盛り上がらない。
今日の外れたレースの事で頭が一杯なのに、来週の事なんてまだ何も考えられん。

「落語は業の肯定」
というたのは亡くなった立川談志やったかなぁ。
人間の欲望、弱さなどを肯定する話やから落語はおもしろいのだ、という論理だったと思う。
そうなのだ。
その日のレースをグダグダと振り返る事こそが人間だと思う。
来週に向けて発展的な話をする方が「前向きな」「積極的な」人間であるとは思うが、そういう奴とはあまり一緒には飲みたくないなぁ。

今回は乗峯先生や典さん、大河内さんとグダグダ言いながらビール飲めたのでよかった。

さあ、今週はNHKマイルCか~。
カレンブラックヒルをどうしようかなぁ~。
京都競馬場でビール
オルフェーブル以外の全通り馬連ボックスを買ったぜ~
ワイルドだろ~

というのは誰もがブログでやってるスギちゃんネタやけど、もちろんそんな事はしない。
オルフェーブルは買う。
ただ、軸にするかどうかで迷ってる。
あ、悩んではいない。
単に迷ってるだけだ。
「悩むというのはお釈迦様だけがする事で一般人は悩むなんて高尚な事はできない、せいぜい迷ってるだけ。」
というのを上岡龍太郎がパペポTVで言うてて、なるほどと思って以来悩むという言葉はあまり使わないようにしてる。
そうなのだ。
オルフェーブルかトーセンジョーダンにするかで悩んでるんやなくて、単にどっちにするか迷ってるだけだ。

明らかな1番人気でも強い馬なら迷いなく軸にする、っていうのがぼくの馬券の買い方なんやけど、今回のオルフェーブル、なーんかモヤモヤがあるのだ。
前走の阪神での逸走、これをどう考えるか。
吉凶で考えると、
吉派の人は、
「止まりかけた上に大外を回って2着に食い込むんやから凄すぎ!」
と言う。
他の馬とは桁違いやと言う。

でもぼくは凶派なのだ。
ああいうトラブルのあった馬って、そのトラブル以降ロクな事がないのだ。
ちょっと前になるが、ダイワスカーレットの勝った有馬記念前日に行われた中山大障害。
ここでマルカラスカルが1番人気を背負いながら、もの凄く逸走してしまった。
それでも最後はぐいぐい追い込んできて5着。
「あんなに逸走しながら掲示板に載るなんて凄すぎ!
 次は必ず圧勝する。」
とか言われながら故障に泣いて引退。

なんというか、一度ミソをつけるとあまり良い風は吹かないのではないか。
特に勝負の世界である。
流れっていうのは大事なんやないか。

と思ってオルフェーブルの軸をやめようとも考えたりするが、オルフェーブル以外に軸が見当たらない。
他のメンバーが少ししょぼいのだ。
年末の有馬記念ぐらいのメンバーが出てたらおもしろかったのになぁ。

負かすとしたらトーセンジョーダンぐらいか、と思うが、トーセンジョーダンは同じ厩舎である。
報道では、
「オルフェーブルに勝ってもいい」
と調教師は言うたらしいが、日本人って言葉ではなく「目で会話」ができる。

池江調教師が岩田騎手に「勝ってもいいよ」と言いながら、
『でも分かってるやんな~ぼくの立場。凱旋門賞とか言うてもうてんねん。
 うちの厩舎は結構有力馬いるの知ってるやろ?
 これからそれに乗れるかどうか、っていう問題もあるんやで。』
という眼でじっと見つめられたらどうなるか。
直線になってオルフェーブルが外から来るのが見えたら少し手綱が緩んだとしても仕方ないのではないか。
競馬の世界で生きる人間の心理として当たり前の事である。
コスモセンサーもシルポートには競りかけないのだ。
事前に打ち合わせしているのではなく、それはなんとういうか当たり前のことなのだ。
社会人なら分かってる事だ。
相撲で7勝7敗の人と対戦するようなもんである。
同じ世界で生きる人間として、いつもよりは力が抜けてしまうことは大いにある。
無意識の中でそういう事になっても仕方がない。

でも馬は制御できない。
馬には人間の機微は分からない。
岩田騎手の手綱が緩んでも馬がパッカパッカ走ったらどないしようもない。
トーセンジョーダン軸にしようかなぁ。
オルフェーブル軸にしようかなぁ。
迷いながら今から京都競馬場に行って来ます~。


車反対
最近、車が原因で人が何人も亡くなった。
それも祇園に続き亀岡で立て続けに2件も京都であった。

ぼくは今回の事件は、
「車の事故で」
とは何となく書きたくない。
これって単なる車の事故なんやろうか?と思う。
一種の殺人事件といったほうがええんやないやろうか。

もし、これが車やなくて別のものが原因の事件やったらどうか。
---
ある人が手榴弾をぶら下げて歩いていたとする。
その手榴弾がいきなり暴発してしまう。
周りにいた罪の無い人が何人も死ぬ。
---
もし、こういう事件があったらどうなるか。

「てんかんの人が手榴弾を持ってはいけない」
とか、
「未成年に手榴弾を持たせてはいけない」
とは言わないと思う。

真っ先に声が上がるのは、
「手榴弾禁止!」
って事だと思う。

ところが祇園や亀岡の事件では、
「てんかんが事故に関係があるか」
とか
「未成年者で無免許だった」
とか、加害者の問題ばかりがクローズアップされる。

「車は凶器ですから、もっと慎重に」
とか言われてもなぁ。
何の解決もしない。

マスコミでは、
「車は危険だから日本では車を禁止しろ!」
という事を言わない。
こんな危険な乗り物が日中、バンバン走り回っていてええのか。

原発ではまだ死んでる人はそないにいない。
でも原発反対運動はバンバン起こっている。

原発反対運動では、
「便利な世の中を見直そう。節電しよう。」
とか言うやん。

それなら同じように危険な車も、
「便利な車社会を見直そう。」
とか言うて反対運動起きてもええのにそうはならない。
車では年間に1万人ぐらい亡くなっている。
それなのに「車反対運動」なんて全然起きない。

まあ原発と車を比較するのはしょーもない事なのかもしれないが、現実に年間1万人も殺してしまう凶器が街中を走り回っていても全然平気なのだ。
歩いてる横ギリギリを猛スピードで走り抜けていく車がいても平気なのだ。

ぼくは結構真剣に考えてる。
どうしたら車で死ぬ人を減らす事ができるか。
というか、自分が車の被害を遭わないで済むか。

ぼくが考えるに、スピードが問題なんやないかなぁ、と思う。
時速20kmぐらいで走っていたら、そないに死ぬ事はないと思う。

だから罰則をまず強化する。
今までは時速20kmオーバーのスピード違反は罰金2万とかで済んでいた。
しかし時速1km単位で懲役刑と決めてしまうのだ。
10kmでもオーバーしたら
「懲役10年」
となってしまう。無条件にそうする。
駐車違反はその場でぶっ潰す。浅間山荘事件で登場した鉄球みたいなのを車の上からバーンと落として潰す。
飲酒運転は「死刑」とする。

そしてバンバン執行する。
本当にバンバンやるのだ。

こうなると街の声として、
「こんなん怖くて運転できない!」
とか言うおっさんとか出てくるだろう。

でもそれでいい。
車なんて「怖くて運転できない」という状態で運転して当たり前だと思う。
それで普通だと思う。

これが無理なら、車のスピードが出ないようにする。
高速道路だけは時速100km出るが、高速道路以外ではどれだけアクセル踏んでも20kmしか出ないような仕掛けを作るのだ。

あとは、って考えてて虚しくなってきた。
何故なら絶対にやらんもんな。
日本は車産業で保ってる国でもある。
「車様」なのだ。

同じ理由で原発も無くならないやろうなぁ。
国は国民の事なんて何も考えていない。
車様と原発様の方が大事なのだ。
631、637
4月から始まった「梅ちゃん先生」。
前の「カーネーション」が朝ドラにしては異常なぐらいのおもしろさだっただけに、今回の梅ちゃんはまあいつものNHKに戻ったって感じかなぁ。
もう3週間経ったのに何か引き込まれない。
「カーネーション」の時は1週目からハマッてしまったけどなぁ。

あ、そうそう。
何で「梅子」って名前にしたんかなぁ。
やっぱり東京制作やったし分からなかったんかなぁ。
よく梅子を呼ぶシーンで、
「おい!ウメコ!」
とか、
「ウメコーーーーーーーーー!」
とか呼ぶシーンが結構多い。
ここで結構「ドキッ」とする。
(ぼくもウメコとカタカナで書いた途端ドキッとした。)
関西の放送局ならたぶん主役の名前を決める会議で却下されたと思う。

あ、ちゃうわ。こんな事を言いたかったのではない。
昨日の放送。
まあこんな事で目くじらを立てる事もないのかもしれんが、やっぱ言いたい。
今はビデオに録画して見てる人が多いんやから、すぐバレルのになぁ。

---
梅子は医大の合格発表を見に行く。
梅子の受験番号は、「637」。
合格発表のボードは、
「・・・、630、631、638、・・・」
と書かれている。
不合格だ。
ガックリくる梅子。
そこへ同じ試験を受けた人が来て、
「合格してるよ」
と言う。
信じられないまま、一緒に見に行くと、
「・・・、630、637、638、・・・」
となっている。
そうなのだ。
1と7を見間違えたのだ。
---

まあどうって事のないよくあるオチである。
でももうちょっとウマクやってくれないと。

本当に最初の「631」が「637」に見えるのか巻き戻して確認した。
見えない。
明らかに「631」にしか見えないのである。

これが最初に画面に出た不合格と思った時の文字。
moblog_17712c1c.jpg

そしてこれが一緒に見に行って合格してると認識した時の文字。
moblog_94bff96c.jpg

どう見ても違う文字やん。
こんな事で、
「あ~見間違ってしまいました~」
とかドジっぷりをアピールして可愛いさを演じる女って何か白ける。
でもよう考えたらここまでカマトトな役って最近あまり見なかったなぁ。

カーネーションの糸子って柄が悪くてそこが魅力でもあったのに、
「女やのに口が悪すぎる」
とかいうババアからの批判が多かったらしい。
やっぱりまだまだ日本では梅子先生みたいな良い子のヒロインを待ち望んでるババアが多いのかもなぁ。

でもぼくは、「631」と「637」を見間違えてしまう医者には手術して欲しくないなぁ。

着こなし
そろそろ衣替え(少し遅いかもしれないが、ぼくは太ってる割に超寒がりなのでまだまだ冬物でもええぐらいやけど、嫁はんがウルサイので少し薄着にしていかなければならない。)の季節なので、冬のセーター類を整理してて思い出した。

普段は全身ユニクロでコーディネイトしてるぼくやけどたまに違うのを着る。
この冬はちょっと根のはるブランド物のセーターを着たりした。
このブランドのセーターのデザインが少し変わっていて、ぼくはそこが結構気にいっていた。

毎日そのセーターを着て出勤してたら、ある時、同じ職場のおっさんがたまりかねたように、
「野口くん、いつも思ってたんやけど、そのセーター、裏返し着てるんちゃうか?」
と言うてきた。

え?
あ、違うのだ。
裏返しに着てるようやけど、違うのだ。
そういうデザインなのだ。
「いや、ちゃうんです。裏返しやなくて、これが本来のデザインなんです。」
と答えた。

こういう凝ったデザインのものは、普段からお洒落に気をつけてる人が着たら、そういうデザインであり、ファッションだと思われる。
ところが普段からユニクロの黒のセーターばかり着てるぼくが着ると、
「裏返しに着てる」
と思われてしまうのである。

例えば、キムタクがこのセーター着てたら、
「あ~、ええデザインのセーターやなぁ」
と思う筈である。
ところがぼくが着ると、
「間違って裏返しに着てるんちゃうか?」
と思うのだ。

「着こなし術」
とか言うが、そんなものは関係ないと思う。
周りはその人の、
「人間性」
を見ているのである。

だから「着こなし術」っていうのは、どういう事かといえば、
「ちょっとは見栄えを気にする人間になりましょう」
って事なのだと思う。
そういうアピールも人間は必要なんやで、って事なんやと思う。

普段からジャージばかり着てるぼくはそういう人間性が染み付いてしまってたんやないかなぁ。
全身オールユニクロだとしても別にいいと思う。
でも、
「それ、裏返しちゃう?」
と誤解されないぐらいの人間にならねばと思う。

まあでもジャージは楽やもんなぁ。

「PADDOCK」閉店
ぼくが高校生の頃はそういう言い方は無かったと思うが、だいぶ前の(まだ売れてない頃の)ブラックマヨネーズのラジオを聴いてる時に初めて知った事がある。
それは現在の子供の学校は、クラスの中で、
1軍、2軍、3軍
とかレベル分けが普通に行われてるというのだ。

よくできる人とか目立つ人のグループは「1軍」というらしい。
その補欠候補が「2軍」で、全然駄目組が「3軍」というように、それぞれが自分がどの軍であるか分かってるらしい。
ブラマヨの吉田とかが、
「高校の頃は3軍のオレが・・・」
とか普通にしゃべっていた。
恐ろしい時代だ。

でもぼくらの頃はそんな呼び名は無かったが、今から考えると何となく解るところもある。
XX君は完全に1軍やったなぁ。
そういう意味で言うと、高校生の頃のぼくは完全に3軍やなぁ。
ロックバンドをやっていたのに。
ロックバンドのリーダーやったのに。
ぼく以外のバンドのメンバーは1軍が多かったのに。
何でバンドのリーダーのぼくが下級生の女にアゴで使われてリードギターのO君にファンレターを渡さなあかんねん!
一応、リーダーと祭り上げられてるが、ガラの悪い男子校での気の弱い生徒会長と似たようなもんか。わはは。
まあええか。

そういう意味では(どういう意味や)よう考えると、
北新地のバー「PADDOCK」
のマスターは学生時代から1軍やったやろうなぁ、と思う。
頭ええし、話おもろいし、「大人の女遊び」という遊びができるし、武闘派やし。
例えば、武闘派エピソードを言うと、だいぶ前の京都競馬場やったかなぁ。
競馬場では座席にスポーツ新聞とか拡げて確保してるオッサンとかいる。
マスターは、そんなん関係あらへん。
そのスポーツ新聞敷いてる座席の上を土足で歩く。
革靴でバンバン歩く。
歩かれた方は全然文句言わない。
なんか、
「何も言えない」
って感じでうなだれている。
わはは。
あれ、マスターの事持ち上げるつもりがおかしな方向になってきた。
まあええか。
とりあえず同じクラスやったとしても、3軍のぼくとは別世界やったように思う。
乗峯先生のおかげで、いろいろな人と知り合えたが「PADDOCK」のマスターもその一人。
「いやいや、単に店主と客の関係やないか~」
と思う人もいるかもしれないが、いやいや、たぶん乗峯先生がいなかったらぼくはこういう店に一生足を踏み入れる事は無かったと思う。
そういう意味では稀有な人と知り合えたと思ってる。

「PADDOCK」閉店は寂しいが、まあそれはそれでぼくがとやかく言えることではない。
まあ1軍なんやから次に何かまたやられるでしょう。
ぼくみたいな3軍は会社にしがみつくしかないですわ。

ザ・バンドのレボンへルム、亡くなったんか~。
最近でもBSのテレビで喉頭ガンを克服して小さなライブハウスでドラム叩きながら歌ってるドキュメンタリーを見たところだったのになぁ。
映画「ラストワルツ」での名曲中の名曲「The Weight」の雄姿を見ながら合掌。